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生かされている…ということ

8月9日 

仙台に住む妹夫婦の元を訪れていた母と2人の息子が2週間ぶりに帰ってきた翌日。

お盆を前にお墓参りに行きました。

母不在の2週間の間、仏壇のお世話はしてもお墓に足を運ぶ時間が取れませんでした。

父が向こうの世界に旅立ってから、もう5年になります。

お墓で母と2人、父に話しかけていたときのことでした。サイレンが聞こえてきました。

8月9日…母に「長崎はあっちだね」といい、2人で黙祷を捧げました。

私の卒業した小学校では、3人の先生(いずれも女性)が殉職しています。「三先生の碑」の前で、何度か手を合わせたのを覚えています。

子供の頃はよくわからなかったことも、今ならわかる…人の命がどれだけ尊いものか…。大人と呼ばれる人は、みんなわかっているはずなのに、今日もまた、世界のどこかで消えていく命の灯がある。

みんな自分の命を輝かせるために生まれてきたはずなのに、みんな何らかの役目をもって生まれてきたはずなのに…それが誰かの命を奪うことだとしたら…言葉がない。

父の墓前で黙祷を捧げながら、「生かされているということ」の意味を考えました。ドリに出会い、ドリの曲を聴き、これまでいくつもの苦難を乗り越えてきました。そして、それは、これからも変わらないと思っています。

まささん、みわちゃん…今度生まれてきても、必ずドリの曲を探せる…そんな思いでいます。

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コメント

私は広島にも長崎にも行った事がない。。。
親も戦争を知らない世代で・・・
でも一緒に住んでいたおじいちゃんからよく話は聞いていたの。
そのおじいちゃんも亡くなって5年。。。
亡くなるちょっと前、夢と現実の狭間によく立っていた祖父は、夢で戦争に行く事が多かったの。
あぁ、おじいちゃんにとって、おじいちゃんの人生において、こんなにも戦争が心を占めているんだな・・・って思ったの。
戦争に行ってた期間はそこまで長くないはずなのに、戦争が終わってから楽しい事だっていっぱいあっただろうに・・・って。
実際晩年の祖父は毎日色々な趣味に明け暮れていて、幸せそうに見えたから・・・
だから、病院のベッドで戦争にタイムスリップする祖父を見る度、あんな事は繰り返したらいけない って強く思ったの。

思い話になっちゃってごめん。。。


私も何度生まれ変わっても ドリの曲は必ず探せるsign03
自信あるよwinkshine
ついでにてとらちゃんも探せるheart04

投稿: まみぃわ | 2008年8月11日 (月) 02時56分

まみちゃん、連日のご訪問、心より感謝します。

私は、中学の修学旅行で広島の原爆ドームに行きました。原爆資料館に足を運んだとき、胸が締め付けられそうになりました。地面に焼き付いた被爆者の影を見たとき、何とも言えない感情が胸に込み上げてきました。

高校では合唱部に所属していて、広島の原爆をテーマにした合唱曲…「水を下さい」(だったと思う)を歌ったとき、資料館や教科書によく掲載されている水を求めて彷徨う人々の絵を思い浮かべていました。

何て言ったらいいのかわかんないんだけど、今、強く望むのは、私たちの子や孫の世代まで、今の幸せなが続くといいのになぁ…ということです。

多くの人々の苦労があるからこそ、今の日本があるわけで、これは紛れもない事実です。戦争体験者はみな言います。「同じ思いを、同じ苦しみを味わわせたくない…」と。それなのに、今日もどこかで凶弾に倒れる人がいるのです。
おかしいよね。こんなの…
大好きな人が、愛する人が、自分の側から消えていってしまうことの悲しみを考えてほしいよな…なんて思ってしまいます。簡単なことのように思えるのだけど、それが一番難しいのですよね…。

まずは、自分が身近にいる人を大切に思い、その人の幸せを願い、そのために何ができるかを考え、行動に移すことだと強く強く思います。

ドリは、音楽で世界を幸せにしてくれます。世界…って言うと大げさだけど、世界の始まりは個人だから…少なくとも私や、まみちゃんやここに集うみんなは、ドリの音楽で幸せになれるんだものね…

投稿: てとらぽっと | 2008年8月11日 (月) 14時27分

てとらちゃん、こんにちわ。

てとらちゃん、まみたんのやりとりを読ませてもらって、あらためて昔日本で起こったことを考えさせられました。

私も何年か前に長崎の‘原水爆禁止世界大会’と‘ピースジャム’という世界中や日本中からいろんな活動をしている人たちが集まるイベントに参加させてもらえる機会をいただきました。
被爆者の方の体験を聞いたり、原爆の爪あとが残る場所を歩いたり、当時の写真や資料を見せていただいたり…と様々な貴重な体験をさせてもらったの。今まで生きた中でなかったくらいの衝撃というか、ほんと、てとらちゃんがいうように、なんともいえない感情が湧き出てきたのを今でも鮮明に覚えてます。ほんとにココで現実にあったことなんだと思い知ったというか、もっと知っておかなくちゃと思った。

2人のやりとりをみて、そんな気持ち、出来事をまたちゃんと考えることができたよ。
さっすが、道徳の時間だわあ。

ドリを通じて色んな意味の愛が広がっていくといいな。ほんと、世界の始まりは個人だもんね。

ぐだぐだと書いてしまった…coldsweats02ごめんちゃい。

投稿: 凪 | 2008年8月11日 (月) 18時14分

ななもね 高校の修学旅行で広島の原爆ドームに行きました。 原爆ドームをバスの中から見た時のあの胸の苦しさは未だに覚えてます… 戦争って何で起きるんだろ… 圧力でしか人をねじ伏せられないのが愚かだと言う事になんで気付かないんだろ… 指示を与える人だけ傷付かないのは何でだろ… ななが凄く好きな舞台があるんだけどね 特攻隊の話なんだ。今の時代を生きる人が魂だけタイムスリップしちゃうの…
すっごい考えさせられるし お国の為に自分の命を捨てた人達を思うと 今の時代に生きてる自分の悩みとかが 情けなくなる…
あ〜… 道徳の授業はやっぱりいいなぁconfident

投稿: なな | 2008年8月11日 (月) 21時26分

私もね…高校の修学旅行で原爆ドームに行きました。原爆資料館にも行きました…。本当に悲しかった…胸が締め付けられました。そして今、壮絶な時を過ごしてきたお年寄りの傍で穏やかな時を一緒に過ごさせてもらっています。
“今”を、忘れていく中で、苦しくて苦しくて…仕方なかったはずの時を思い出し、話をしてくれます。目にいっぱい涙を浮かべて…遠くを見ている…でもね、微笑みも浮かべているの…。そんなお年寄りの近くに居られることが、私の幸せです。

投稿: あやゆめ | 2008年8月11日 (月) 22時47分

凪ちゃん(もう“ちゃん”でいいよね…しつこい?!「あはは」)
コメント、ありがとheart02heart02heart02

凪ちゃんって、すっごいいい体験してるんだ。羨ましいです。ていうか、今の世の中、戦争を知るには“体験談を聞く”とか“被爆地に足を運び、自分の目で確かめる”しかないんだよね。修学旅行で…という話は、ここにも書かれているけれど、やっぱりみんなの感性は素晴らしい!!修学旅行でそこを訪れる目的が見事達成できています。good

そんなふうに、間接的に戦争を知り、自分なりに考え、結論を出す…想像力を働かせ、多面的に考える…そうすればおのずと出てくる結論は似通った物になるはず。それなのに…どうして、こうなるんだろうね…

父が他界する前に、父の日のプレゼントとして妹夫婦と私たち家族と父母で鹿児島へ旅行に行きました。父母が行ってみたいという“知覧特効平和会館”にも行きました。涙が溢れて止まりませんでした。こんな過去があった。これが現実なんだ…まだ小さかった2人の息子を見て、また涙。

この思いを我が子に、孫に語り伝える。戦争の体験はなくても愛する人を失いたくない思いは伝えられるはず。自分にできることをやっていきたい…改めてそう思いました。

投稿: てとらぽっと | 2008年8月12日 (火) 02時01分

ななちゃん、道徳の授業…懐かしいね。「あはは」

雑踏に押し流されそうな日々。ここに来たときくらい、なんか真面目にいろんなことに向き合いたいなぁ…って思ってさ。それに、元祖ドリボの時にななちゃんが命名してくれた“道徳の授業”をヒントに、「ていうか」ほぼアイディアをもらってこのブログ名にしたんだよ。

ドリの音楽にも通じるところあると思うんだ。“愛”とか“命”とか…実際、私の日常にドリ的発想(文章での説明はご勘弁ください。難しいので…「あはは」)というかドリ的思考みたいなものが入り込んでるんだ。思いは強く強く願えば叶う…とか、いろいろ…

損得勘定があるのは仕方ないけど、もっと大切な物があることを忘れずに、それらを見失いたくないな…て思うんだ。…心の窓は曇らせたくないね…

投稿: てとらぽっと | 2008年8月12日 (火) 02時08分

あやゆめちゃん、ここにも来てくれてたのね。ありがとheart02heart02

あやゆめちゃんのお仕事…って何だったっけ?お年寄りの側でできるお仕事?介護職?

辛くて悲しい過去を背負いながらも、笑顔を忘れないお年寄りのみなさん…言葉に表現できないよさをもってるよね。

「そうだよ」…あの地獄のような時代を懸命に生き抜いてきた底力…みたいなものを感じます。そういう人生の大先輩だからこそ、残りの時間は穏やかに過ごしてほしいのに…

ホント、世の中はうまくいかないことが多いよね。

投稿: てとらぽっと | 2008年8月12日 (火) 02時14分

こんばんは(^^)/
てとらちゃんのお察しの通り!おいらは、介護の仕事をしています♪
全くね、てとらちゃんの言う通り!!あの地獄のような時代を懸命に生き抜いてきたお年寄りには、穏やかな時を過ごして欲しい…なのに…これ以上…負担になるような事があってはならない!!そう思うの。
残りの時間を…とにかく穏やかに過ごして欲しい…!!!

やっぱり!!てとらちゃんは、あったかいな。。

投稿: あやゆめ | 2008年8月14日 (木) 21時54分

あやゆめちゃん、こっちにもサンキュ.見落としてました。ごめんね。

ついさっき、まささんのブログのトラバを終え…でも、今日書きたいことが他にもあって、どうしようかと思いながら、ここに来たら、あやゆめちゃん、発見sign03

お年寄りに冷たい政治…政治に無頓着なてとらでさえ、そう感じるこの頃の我が国日本…どうなるのかな?

穏やかな老後の保障…なんて、現代では夢のまた夢なのかな?

私の母は、4人姉妹の長女で、祖父母の老後の面倒をみてきた人です。その母を見て育った私は、いつか母にも訪れるその時を思うと、ふと不安になるのです。“自分に満足な介護ができるのか…”と。仕事もあるし、母がどれくらいまで元気でいてくれるかわかんないし…

そのための介護職…ていうか、介護のことは介護職の人に聞け…そんな思いでいるのも事実です。実際、在宅介護をするべきか悩む母に私は言ったのです。

“無理はしなくていいよ。お母さんが疲れてしまったら、この家は大変なことになるよ…”と。

“需要と供給の世の中。世間体に振り回されなくていいよ…その道のプロに頼むことは決して悪いことではない。自分の体も大切にして…”

そう言いました。そして、母は施設に祖母を託しました。それでも、毎週面会に行き、いろいろとやりました。車を運転しない母を連れて行くのは私の仕事。当たり前だと思ってやってました。

母を見ながら、いつかやってくる“その時”に、時々不安になるてとらです。

投稿: てとらぽっと | 2008年8月15日 (金) 00時12分

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